原子力問題から逃げる安倍政権が電力危機を招く
大停電と「トリチウム水」に見る無責任の構造
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http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/54053?page=3
原子力問題から逃げる安倍政権が電力危機を招く
大停電と「トリチウム水」に見る無責任の構造
北海道古宇郡泊村にある泊発電所(出所:Wikipedia)
北海道で震度7の地震が起こり、北海道全域の295万世帯が停電した。地震は日本では珍しくないが、こんな大停電は初めてだ。この原因は苫東厚真火力発電所(165万キロワット)が地震で停止したためと言われるが、地震が起きたときの消費電力300万キロワットのうち、55%を1カ所で発電していたことが大きな問題だ。
本来は深夜には原発が「ベースロード」として電力を供給するので、泊原発(207万キロワット)が稼働していれば、大停電は起こらなかったと思われるが、これは原子力規制委員会が安全審査をしており、いつ再稼動できるか分からない。 安倍政権は原発の問題からずっと逃げているからだ。
安倍首相が原子力問題について判断したのは、2013年10月のオリンピック招致演説が最後だ。このとき「汚染水」の処理について、首相は「国が前面に出る」と言い「状況は完全にコントロールされている」と宣言した。
このとき国費でALPS(多核種除去設備)や凍土壁が導入され、排水から放射性物質を除去する方針が決まったが、トリチウム(三重水素)が除去できないことは分かっていた。これは水素の放射性同位体で、原子核の構造が水素とよく似ているので、除去する実用的な技術がないのだ。
今も福島第一原発では、水をタンクに貯蔵するために毎日5000人が作業しており、1000基近いタンクに92万トンの「トリチウム水」が貯蔵されている。その処理をめぐって、8月30日と31日に地元で公聴会が開かれた。出席した反対派は貯蔵された水の海洋放出に反対し、「トリチウム以外の放射性物質がタンクに残っている」と主張した。
そんなことは当たり前だ。事故を起こした炉心を冷却しているのだから、その排水にはいろいろな放射性物質が含まれている。それは環境基準以下に薄めて流せばよかったのだが、東電が「ゼロリスク」にしようとしたことが問題をこじらせてしまった。
放射性物質は除去されたが「風評」が残った
東電は「汚染水」の中の放射性物質を除去したが、トリチウムだけが残ったまま、貯水タンクに水は貯まり続けた。原子力規制委員会の田中俊一前委員長も2014年に海洋放出の方針を示し、毒性がないことはマスコミも分かってきたので、汚染水は「トリチウム水」と呼ばれるようになった。
東電の川村会長は2017年に「田中委員長と同じ意見だ」と海洋放出を示唆したが、これに福島県漁連が「裏切り行為だ」と反発し、田中氏も「東電は地元と向き合う姿勢がない」と強く批判し、問題は暗礁に乗り上げてしまった。
このころから問題が「毒性」から「風評」にすりかわった。トリチウムを薄めれば毒性はなくなるが、風評は消えない。県漁連も、もっぱら風評を理由にして、海洋放出に反対するようになった。
田中氏の後任の更田豊志原子力規制委員長も2018年1月、地元との話し合いで「意思決定をしなければならない時期に来ている」と述べたが、誰が決定するのかは明言しなかった。更田氏によると「原発内に貯水できるのはあと2~3年程度で、タンクの手当に2年以上かかる」という。2018年中に結論を出さないと、貯水タンクが足りなくなる。
原発再稼動もトリチウム水も、科学的には答が出ている。法的には安全審査は原発の運転とは別の問題で、定期検査の終わった泊原発は運転してよい。今は燃料棒を抜いているので運転は不可能だが、大停電の再発を防ぐには再稼動が必要だ。
こんな簡単な答が出せないのは「あらゆる手を尽くしたができなかった」と言わないと、地元が納得しないからだ。再稼動は「安全審査に合格した」という(法的には無意味な)お墨付きをもらわないとできない。トリチウム水も貯水タンクが一杯になって「これ以上は無理だ」と言わないと流せない。
そういう日本的な問題解決のために事故から7年以上も問題を放置し、原発を止めたことによるコストは15兆円を超え、廃炉には8兆円がかかる。それは結局は、電力利用者と納税者の負担になるのだ。
安倍政権の危機管理は大丈夫か
安倍首相は5年前に「国が前面に出る」と約束した後ずっと、原発の問題を避けてきた。官邸の司令塔とされる今井尚哉秘書官(経産省出身)も、処理の方針を示さない。それが再稼動も「トリチウム水」も前進しない最大の原因である。今の政権では、官邸の意向がはっきりしないと誰も動けない。
原子力は不人気な問題である。それに手をつけないで先送りすることは、政治的には賢明だった。憲法改正のためには、ポピュリズム的手法も必要だったのかもしれない。しかし3期目に入ると予想される安倍政権が、電力危機のリスクを放置していていいのだろうか。
日本の電力供給の安定性は世界でもトップレベルだが、それは(よくも悪くも)電力会社の経営に余裕があったからだ。電力会社を追い詰めると経営は合理化するが、危機管理に必要なインフラの冗長性は小さくなる。首都圏で直下型大地震が起こると、北海道のような大停電が起こってもおかしくない。
地震を止めることはできないが、大停電を止めることはできる。特に今回の場合は、原発再稼動という当たり前のことをしていれば、こんなことにはならなかった。北海道電力は「過去に120万~130万キロワットの供給が失われた際の対応は検証していたが、3基が同時に停止する事態は検討していなかった」というが、それは逆だろう。
原発を動かさないと大規模停電が起こる可能性は、ずっと指摘されてきた。特に北海道は、冬に停電すると凍死者が出るおそれがあるので危険だと言われてきたが、電力会社も経産省もそういう事態を「想定外」にしてきた。それを想定すると、原発再稼動しか答がないからだ。
安倍政権は電力会社を悪者にして原子力の問題から逃げてきたが、そろそろ限界は近い。北海道の電力危機は、次のもっと大きな危機を警告しているのではないか。
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